皆さんは、国際財務報告基準(IFRS)の日本語版を読んだことがありますか?
たとえ基準書の日本語版を最初から読んだことがない方でも、IFRSの解説書の多くは日本語版からの引用文で成り立っていますので、IFRSを学習する過程で目にしているのは間違いありません。
IFRSの日本語版は企業会計基準委員会(ASBJ)が膨大な時間とコストをかけて制作しているもので、毎年アップデートされています。
このアップデート作業の中には、原文(英語版)で追加、削除及び修正された箇所の訳出はもちろん、原文には変更がない部分に対する訳語の見直しや訳文の改善なども含まれています。
IFRSの日本語版は、多くの専門家が目を通した上で公表されているものです。
これだけの労力をかけて翻訳が行われている会計文書は他には見当たりませんので、IFRSの日本語版は、IFRSに限らずUS GAAPを含めた会計英語の日本語訳として、最も権威の高い文書と言い切ってよいでしょう。
とはいえ、「IFRSの日本語版は読みにくい」という声が絶えません。
私もプロの翻訳者ですが、プロの目からみてもこなれた訳文とは言いづらい面があります。一般に良い訳文というのは、英文で書かれている内容を完全に理解したうえで、これを日本語の構造に置き換える作業がうまくできている訳文を言うのですが、IFRSの日本語版はそのような考え方を採用していないように見受けられます。
その理由は、おそらく「英文が透けて見えるような訳文にする」のが、IFRSの日本語版制作にあたっての翻訳方針だからでしょう。
「英文が透けて見える」というのは、英文の構造にできるだけ忠実に、英語と日本語を極力一対一で対応させようとすることを指します。
これは専門書の訳によく見られる翻訳スタイルで、専門家にとってはかえって読みやすいのです。
専門家にだけ理解可能な「記号化された日本語」と言ってもよいかもしれません。
そんなわけですから、IFRSの日本語版は、読み込めば読み込むほど慣れてきてよく分かるようになります。
けれども、そんなところに時間を使いたくないという方は、英語の原文で読めるようになることをお薦めします。
そこで、「IFRSを英文で読むなんてハードルが高すぎる」と思われている方に、これから意外な事実をお教えします。
IFRSの英語は、難しくありません。
会計の基本知識を持っている皆さんならば、ハリーポッターを原文で読むより遙かに簡単に読めるはずです。
その根拠を申し上げます。私は2013年版のIFRSの全文をベースに、そこで使われている英単語を頻度順に並べてみました。
IFRSの全文は約133万語の英単語で成り立っていますが、このうち、人称代名詞、助動詞、前置詞、冠詞、接続詞及び関係代名詞といった「機能語」を除外し、さらに人名・地名のような固有名詞も除外し、「内容語」と呼ばれる名詞、動詞、形容詞、副詞などに絞り込みました。
この時点で単語数は、60万語以下にまで減少しました。
さらに様々な派生語を1つの見出し語としてカウントし直しました。
たとえば、「account」には、accountant, accounts, accounting, accounted, accountable, accountablyといった派生語や名詞や動詞の変化形がありますが、これらはすべて”account”で代表させました。
このような集計作業の結果、以下のような驚くべき結果が明らかになったのです。
このリストを見れば明かなとおり、IFRSに使われている単語レベルは、決して高くはありません。高校までで習ったはずの英単語がほとんどのはずです。
大事なことは、「文脈に応じた理解ができるかどうか」であり、これは基本的な会計知識があれば問題ないはずです。
そもそも、会計英語に「豊かな感情表現」は不要ですから、会計英語には、このような表現に必要な動詞、形容詞そして副詞のバリエーションが極めて少ないという(つまらない)特徴があります。
英語としては、IFRSの方がハリーポッターよりはるかに簡単なのですが、その分面白みに欠けるのは致し方ありません。