AI(人工知能)の普及により、世の中のあらゆる仕事が無くなってしまうという記事を読んだことがある方も多いと思います。
日本の公認会計士や米国公認会計士USCPAの仕事についても、海外の記事では仕事自体が減るなどのネガティブな面が取り上げられており、資格取得を検討している方の中にはその将来性への不安から取得を躊躇している方もいるのではないでしょうか。
そこでAIが会計士やUSCPAの仕事に与える影響やその将来についてお伝えしていきます。
概要
会計士の仕事には会計監査業務の他、連結決算や単体決算などの経理業務、企業のM&Aの前に実施されるデューデリジェンスやアテステーション業務などの会計に付随するコンサルティング業務などがあります。AIが普及するとこの中でおこなわれている業務の多くがAIに取って代わられるのは否定できません。AIの普及により人間の手からAIが代わりに担うことになるものとして真っ先に挙げられるのは、単純な記帳業務や監査の際の確認業務です。
会計監査業務とは国の法律で公認会計士がおこなうことのできる独占業務として認められています。しかし、会計監査でおこなわれる業務のかなりの割合がAIでも代替可能な業務と考えられています。例えば、監査業務では、バウチャーと呼ばれる経理で計上された数字の根拠となった証憑類と実際に計上された数字とを突合して、その正確性を検証する業務が多くを占めています。これは往査先が金融機関であろうと、一般事業会社であろうと基本的に似たような作業をおこないます。
例えば、一般事業会社の監査であれば、往査先の企業の「売掛金」という勘定科目に関する数字の根拠を確認する業務の一つに、その会社の得意先に確認状を送付し、回答された数字と計上された数字とが一致するかを確認する作業があります。このような作業としては、他にも仕入勘定における請求書と計上額との一致を確認する業務や棚卸資産の検証業務である実地棚卸監査などがあります。このような業務はAIでも十分に自動化可能なものといえ、将来的に実務でも広く活用されてくると予想されているブロックチェーン技術なども考慮するとそのかなりの割合がAIで代替されていく可能性があります。
また、日々の記帳業務から決算整理などを経て作成されるバランスシートなどの計算書類作成に関する経理業務についても、その業務のかなりの割合がAIで代替可能といえます。仕訳や決算整理については正しい情報を与えれば、人間よりも正確でスピーディーにAIがおこなってくれるでしょう。
USCPAの仕事ですが、AIが本格的に業務に取り込まれるようになれば、これまでUSCPAの担当者としておこなってきた業務の大半がAI化され、人間の手から離れることが考えられます。その一方で人の手を離れずにUSCPAの仕事としてこれまで通り残るものもあります。
AI化されて無くなると考えられる業務の特徴は、AIの得意分野と不得意分野を考えればおのずと見えてくるでしょう。AIが得意な分野は正確かつ短時間で大量のデータの記憶や計算処理、検索、分析をおこなうような業務です。反対に不得意な分野としては、直観的な判断や処理が必要な業務や対人コミュニケーションを必要とする業務になります。
上記のようなAIの特徴を元にAIに代替される業務としては、インボイスなどのバウチャーと計上された数字との確認作業や給与やボーナスといった労務費の根拠を再計算する作業などが挙げられます。また、経理業務では自社で決めた会計処理のルールに従って、日常の仕訳をきったり、月次決算や仕訳帳を作成するといったタスクはAIのほうがより正確で速くこなせる分野です。つまり、定量化できて数式を用いて処理できるような仕事はAIにどんどん切り替わる可能性があるということになります。
反対に往査先の担当者にインタビューしたり、その場の担当者の反応ぶりから状況を感じ取るとったタスクはAIにとって不可能な分野となります。また、内部統制の有効性の判断などはUSCPAのジャッジメンタルな決断や裁量が必要であり、依然としてUSCPAの重要な仕事として残っていくでしょう。さらに監査で発見された往査先企業の改善すべき課題(Issue)などについて監査が完了後にパートナーや監査チームのマネージャーなどからクライアント企業への説明などについては、AIでは難しいタスクとなります。
このように多くの業務がAIに代替されることが予想されますが、果たして公認会計士、USCPAの仕事は無くなってしまうのでしょうか。結論からいえば、AIがたとえ広範囲に普及しても、会計士やUSCPAの仕事が完全に無くなってしまうということはないでしょう。今後も無くならずに残っていく業務としては、主に会計士独自の「評価」や「判断」が必要なために、プログラミングされた範囲でしか判断ができないAIでは代替すること自体が難しい業務です。
AIでは代替が難しい具体的な業務としては、リスク評価や会計上の見積もりの妥当性評価などがあります。リスク評価の手続きについては、まず往査する企業の内部統制の有効性についてリスクをコントロールするために有効と考えられるその企業で実際におこなわれている手続きや業務などを特定します。そしてそのような手続きや業務に対して監査手続きを実施していくかどうかの判断がなされます。これらの一連の監査手続きを決定するには監査チームのマネージャーやシニアマネージャーの判断(ジャッジ)が必要となりますし、そのようなジャッジは非常に直観性や定性的な考え方が必要なために、AIが代わりにおこなうのが困難な領域といえるでしょう。
また、会計上の見積もりについてもその妥当性を検証するには、会計士としての経験と会計ルールについての知識を総動員し、定量的かつ定性的な判断が必要となってきます。例えば、金融機関における貸倒引当金や担保評価とその処分可能見込額、デリバティブ商品といった金融資産の減損処理の妥当性などの検証業務は非常に高度で定量化しづらく、会計士の独自の判断が求められます。このような一連の業務においてはやはり会計士の手を介しておこなう必要があり、AI普及が当たり前の時代になっても会計士が必要とされ続ける理由となるでしょう。
AIは会計士から仕事を奪うだけでなく、有効に活用すれば監査業務を強化する強力な武器となります。例えば、Big4と呼ばれる世界各地に拠点のある世界4大会計事務所の一つでは、既にAIを活用した異常な仕訳を自動検知するツールが開発されています。このツールでは、往査先の企業の過去の勘定科目の変動パターンを記憶させたアルゴリズムが用いられています。
アルゴリズムの働きによって日次の仕訳の中からその変動パターンを外れるような動きを見せる仕訳を自動で検知させ、売上の過大計上や費用の過少計上などが発見できるようになっています。大量のデータを蓄積し、瞬時で特定のデータを検出することができるAIを活用することで、これまでの監査業務では不可能なデータ量を正確かつ短時間で検証することができます。これからはAIによって確実に監査業務が強化されることとなるでしょう。
これまでお伝えした中でAIに代替されて無くなる業務と残る業務についてのイメージを掴んでいただけたのではないでしょうか。AIに取って代わられる業務としては単純作業の繰り返しや定量化しやすい業務が中心となります。これは裏を返せば、AIでは対応が難しい専門家としての高度なジャッジが必要とされる業務には需要があり続けるということでもあります。
例えば、AIが作った月次決算の数字やキャッシュフロー計算書から会社の経営面ですぐに必要なアクションについてアドバイスするといった会計と経営を結びつけるコンサルティング業務などが挙げられます。公認会計士に比べて企業で働く人の割合が多いUSCPAでは、主に企業に対して会計を超えた付加価値を与えることができるサービスが提供できるかも重要です。
AIが台頭する時代がすぐそこまで見えてきています。このような時代では、付加価値の高いサービスを提供できるように今からスキルを身につけ、準備しておくことが会計士として生き残るためにも大切になってくるでしょう。
今回はAIの台頭によって会計士の仕事がどのような影響を受け、そのためには今からどのような準備が必要なのかについてお伝えしてきました。AI全盛の時代と聞いて不安に思われる方もいるかもしれませんが、ネガティブなことばかりとは限りません。AIに作業させることでこれまでの単純な業務から解放され、高度で付加価値の高い業務に専念できると考えれば会計の専門家としての一層のやりがいが感じられるのではないでしょうか。